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暑い、熱い

言うまいと思えど今日の暑さかな。
暑中お見舞い申し上げます。みなさまいかがお過ごしでしょうか。
ペンクラブ幹事は先月の会報発送や社団戦以来、なかなかお互いに会う機会はないのですが、恐らくおおむね元気にしているだろうと思います。私も体調を崩すことなく生きております。


私は夏より冬のほうが好きです。何より、食べものがおいしいですし、日持ちもします。私は紅茶・中国茶が好きなのですが、これもやはり冬のほうがおいしいものです。本を読むのも冬のほうがはかどるような気がします。
しかし、私の身体は夏に向いているらしく、冬はしょっちゅう風邪を引いては寝込むのですが、夏は割合元気です。


私の夏対策は逆張り一辺倒。暑い日でも冷たいものはできるだけ口にせず、あたたかいものを食べます。冷やした飲み物もできるだけ室温に戻してから飲みます。服も部屋ではTシャツ一枚ですが、外出時は長袖を羽織ります。これだと出先で冷房が強すぎる場合も、冷気に直接身をさらさずにすみます。汗はもともとあまりかかないようです。それで熱中症にならないのですから、私はよほど体内に熱のない、冷めた人間のようです。
というようなことを知人の女性に話したら「はくたさんはいいですねえ。代謝が悪くて」と言われました。ち、ちっとも嬉しくない。


さて、私のような代謝の悪い人間はさておき、冷房が例年より弱めに設定されていることが多い今年は特に熱中症に気をつけたいところです。棋友館の小田切館長が指摘していますが、将棋は身体が熱くなる割に汗をかかないので、熱中症になりやすいようです。各種大会にお出かけのみなさま、対策をしっかりなさって下さい。将棋「に」熱中ならいいですが、将棋「で」熱中症は残念です。指し手も身体もほどほどにクールにいきましょう。

author:はくた, category:その他, 01:30
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父親殺し

とある指導棋士の方と話していたら、「いやあ、最近は子供たち相手にどうやって負けるかばかり考えて指しているので、全然手が見えなくなりました」と言われました。


そうなのでしょうね。おじさんに駒を落としてもらって、それでも全く勝てないのではなかなか将棋を好きになってはもらえないかもしれません。


そこで思い出すのは父のこと。父が私に将棋のルールを教えて、二人で将棋を指すようになってからしばらくの間、父は全部負けてくれていました。後にはいくら考えても勝てなくなったようですが、父もどうやって負けようかと考えながら指していたのでしょう。


この話を以前、恩師に話したら「まあ、将棋ってのは平和な父親殺しだよね」と言って笑っていました。


親子の関係、特に父親と息子の関係は協力的なものばかりでなく、時にライヴァルのような関係にもなります。最初は何をするにも親の力を借りなければならなかった子供が少しずつ力を付け、親を超えていく。この過程の初期段階として、将棋は「平和な」手段だということでしょう。


父が将棋好きで、しかもあまり強くなくて、私にとっては本当によかった。これがもしアマ強豪とかだったら私はどうなっていたかしら。


author:はくた, category:その他, 00:00
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わたしまけましたわ

今年も社団戦が始まってしまいました。何を隠そう私はまだ社団戦で勝ったことがありません。私は遅い時間にしか浜松町に行けないので、たいてい一局だけ指すことになります。今期中には一局くらい勝ってみたいものですが、どうなりますことやら。難しいでしょうなあ。


先週の日曜も全くいいところなしに負けたのですが、何一つ自分に有利な条件がない盤面を見ながら、子供の時のことをちょっと思い出していました。


小学生の時、教頭先生と将棋を指したことがあります。それが囲碁将棋クラブの時間だったのか、それとも何かの空き時間だったのか、今となっては思い出せないのですが、とにかく相矢倉で、私は棒銀の攻めに出ていたような気がします。


本に書いてあった通り、私は端で銀を切る攻めに出ました。教頭先生は穏やかに「それは損なんじゃないかな」と言って銀を取りました。多分、教頭先生もそんなには強くなかったのでしょう。


ところが、今も昔も本に書いてあった内容をきちんと理解できていないまま、部分的なかたちだけを見て指すところは変わらないようで、結局攻めは繋がらず、局面は一気に悪くなってしまいました。


泣きました。当時の私はやたらと負けるのが嫌いで、とにかく何に負けても泣いていました。負けると分かっていることは何もしないようにしていました。従って、勝てると思っていた将棋で負けるのは、当時の私には耐えきれない屈辱だったのでしょう。


それからおよそ二十五年。私は負けに負けに負け続けました。そして、たいていの場合は負けても死にはしないことを学び、負けてもあまり悔しがらないようになりました。負け犬根性のしみついた奴と言うこともできますが、勝ちっ放しの人生を歩むことができる人なんてどれだけいるのだろうかとも思います。


ともあれ、私はぼろぼろになるまで指してから晴れ晴れと「まけました」と告げ、居酒屋へと向かったのでした。


author:はくた, category:その他, 00:00
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指揮者の記憶力

指揮者が身を立てるに至るにはいろいろな道があります。かつてはオペラ劇場で歌手に稽古を付けるピアニスト(コレペティートアというのだそうな)から修行を始めた人がたくさんいました。帝王と呼ばれた男、ヘルベルト・フォン・カラヤンもコレペティートアを務めていたことがあります。
『ウェスト・サイド・ストーリー』の作曲者としても有名なレナード・バーンスタインは急病の指揮者の代役としてニューヨーク・フィルハーモニックを指揮して、一躍有名になりました。


しかし今一番多いのは、指揮者のコンクールで入賞するところからキャリアを始める人かもしれません。ボストン交響楽団やヴィーン国立オペラ劇場で活躍した小澤征爾さんや、最近ベルリン・フィルの定期演奏会に登場した佐渡裕さんはブザンソン国際指揮者コンクールで優勝して有名になりました。


ところで、将棋の世界でコバケンというと小林健二九段ですが、オーケストラ指揮者にもコバケンさんがいます。小林研一郎さんです。


コバケンさんもハンガリーはブダペストの国際指揮者コンクールで優勝したことがあります。1974年のことで、当時コバケンさんは34歳。指揮者コンクールは29歳以下という年齢制限が一般的だそうですが、ブダペストは35歳まで。すでに応募の期限は過ぎていたものの、大使館経由で主催者にかけあい、何とか出場が決まりました。


指揮者コンクールというからにはオーケストラを指揮するわけですが、ブダペストから送られてきた課題曲はなんと六十曲! 残された時間はわずかに一ヶ月。あやうしコバケン。


しかし、コバケンさんには強い味方がありました。


役だったのが、学生時代に覚えた将棋です。将棋の手を考えたり、棋譜を覚えたりするのと同様、何ページにはあの形と楽譜も早く覚えられたのです。(2011/6/23、朝日新聞朝刊5面「人生の贈りもの」より)


指揮者は楽譜を覚えるとき、全体を一つの画像のように記憶するということをかつて岩城宏之さん(指揮者、故人)の著書に書いてあった(ような気がする)のですが、これはプロ棋士がある局面を記憶しているのに近い、のかもしれません。


コバケンさんは今も国内を中心に精力的に活動を続けています。私も何度か聞いたことがありますが、聴き手の心を燃え立たせる音楽をいつも聴かせてくれます。機会があればみなさまもぜひ。


author:はくた, category:その他, 00:00
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巨人の肩

森内俊之名人が二度目の復位を果たされました。三連勝の後の三連敗で、常人であれば力を出しきることが難しい、困難な状況だったと思いますが、そこを勝ち切る精神力というのは本当に素晴らしいと思います。


森内名人は昨年、『矢倉の急所2』(浅川書房)でペンクラブ大賞の技術体系賞を受賞されており、私も贈呈式の時にちょっとだけお話しました。その時のことはこちらに書きましたが、受賞のあいさつもとても印象に残っています。


受賞のあいさつとなれば多少は執筆にあたっての苦労ですとか、エピソードについて語る場合が多いと思うのですが、森内名人はほとんど自分については話さず、ひたすら執筆に協力してくれた方々や、矢倉を指した先人たちへの感謝に終始していました。


聞きながら、アイザック・ニュートンの書簡に見える有名なことば、「私がさらに遠くを見ることができたとしたら、それはたんに私が巨人の肩に乗っていたからです」を思い出しました(このことば、元はさらにさかのぼることができるそうですが)。ニュートン自身は結構はちゃめちゃな人生を送ったひとで、決してこのことばから受けるようなイメージの人ではなかったようですが、森内名人にはこのことばがぴったり似合うような気がします。


author:はくた, category:その他, 00:00
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駒の音、絶えず

このブログでは何度か新井田基信さんに関する記事を掲載しました。これを見た北海道新聞の方から、このブログ宛に問い合わせを受けたことがあります。その時に、記事が出来上がったら送って下さいとお願いしたところ、コピーを送って下さいました。いただいたのは先月のことなので少し間が開いてしまいましたが、こちらでも内容をちょっとご紹介します。


送って下さったのは四月三十日から五月七日にかけて掲載された「北海道ひと紀行」第9部。将棋と囲碁の世界で活躍する北海道出身のひとたちを取りあげた記事です。


新井田さんは一日目の記事に登場します。限られた紙面の中ですが、かなり詳しく新井田さんの足跡が取りあげられています。有名な話なのかもしれませんが、公立高入試の日、二日目は試験を受けず、書店で将棋の本を読んで帰ってきたというのは初めて知りました。御母堂、新井田優子さんの「元日以外は家にいない将棋バカでした。北海道から駒の音が絶えることのないようにと、一生懸命だったんでしょう」ということばが紹介されていますが、確かにその通りだったのだと思わされます。


新井田さんが指導した子供たちのうち、唯一プロ入りを勧めた少年は今や王位のタイトルを持っています。広瀬章人王位は小学六年までの四年間を札幌で過ごしていて、その時に新井田さんの指導を受けたのでした。駒の音は絶えないどころか、ますます大きくなることでしょう。

author:はくた, category:その他, 00:00
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立つ

将棋ペンクラブ幹事はなぜか立って話をするのが好きです。座って話せばいいのに。


一次選考の日はちょうど名人戦第三局の二日目と重なっていたので、一段落したところで何人かが携帯電話その他経由で棋譜を手に入れ、検討を始めました。




…でも、なんで立ったまま検討するのでしょう。謎だ。

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一次選考のお昼

将棋ペンクラブ大賞の一次選考が先週土曜日に行われました。会員から推薦のあった作品を中心に、観戦記、文芸、技術の各部門で二次選考に回す作品を幹事一同であれやこれやと検討しながら決めていきます。


昨年に引き続き、湯川夫妻がお昼を差し入れてくれました。昨年は確かサンドイッチでしたが、今年は春らしいお弁当でした。




たけのこおにぎりの近影。私は欠席した幹事の分まで食べました。




おしながき。




大変おいしゅうございました。ビールがほしくなるおいしさなのは、作る人が酒好きだからなのか、食べる人が酒好きだからか、それともその両方なのか…


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応援

スギ花粉の飛散はようやく終わりかけのようで、連休に入ってからは薬を飲まなくてもいいようになってきました。今日から名人戦は第三局が宮崎で行われますが、花粉症もちの中原誠十六世名人はよくこんな季節に名人戦を戦っていたものだと思います。


少し前にあまりに目がかゆくて眠れず、開き直ってテレビをつけたら日本航空の女子バスケットボール部を取材したドキュメンタリー番組を放映していました。最近のテレビは深夜のほうが見るに値する番組が多いような気がします。


会社の経営破綻のあおりで廃部となる、日本航空女子バスケットボール部ジェッツ。その最後の日々を、カメラは淡々と追いかけます。大切な試合の最後で失敗し、ひどく落ち込む中心選手。彼女を支えようとする他の選手たち。今のチームの基礎を作った韓国人の前監督は「このチームは私の命だ。だからこのチームがなくなるということは、私が死ぬということだ」と語ります。選手に飛行機の部品で作った記念品を渡す整備士の人たち。自分たちが支えられるだけでなく、支える存在でもあったことに、選手たちは気付いていきます。


最後の試合には、大勢の人たちが応援に集まっていました。大切な試合で失敗した選手が最後に得点を挙げ、ちょうど100点を取って快勝するところが、番組最後のクライマックスでした。


将棋の応援は地味ですね。プロ棋士を応援するにも、対局中に声援を送ることも野次を飛ばすこともできません。大盤解説会でやきもきしたり、あるいは棋譜中継を見ながら祈るくらいでしょうか。仲間を応援する時だって、せいぜい後ろでじーっと見ている以上のことはできません。


それでも応援する。その思いはどこかで届くものだと思いたいですね。

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ファミレスよりも

プロの将棋界で鰻といえば加藤一二三九段か藤井猛九段でしょう。加藤九段は対局ごとに鰻ばかり食べていますし(最近はそうでもないのでしたっけ)、藤井九段は自らを鰻しか出さない鰻屋、居飛車党が指す四間飛車を「ファミレスの鰻」にたとえた発言が有名です。


藤井九段の公認応援サイトは「鰻屋本舗」という名前ですが、googleで「鰻屋」を検索すると真っ先にこのサイトが出てきます。鰻は好きだけれど将棋に興味がない人は、この検索結果を見てさぞいぶかしい思いをするでしょう。そんな方のことを考えてか、検索サイト向けには「鰻屋本舗(将棋)」という表記を使用されています。


「ファミレスの鰻」という表現は藤井九段の振り飛車党としての矜持を示して面白い表現ですが、他にも面白い表現はないかなと考えてみました。


鰻ではなく、カレーではどうか。


振り飛車党の四間飛車は豊富なスパイスを用いた、インド風のカレー。


これに対して、居飛車党の四間飛車は「おそば屋さんのカレー」でどうでしょう。


だめかな。
私はおそば屋さんのカレー、結構好きです。和風のだしでもしっかりおいしく、カレーの懐の深さを感じます。

author:はくた, category:その他, 00:00
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