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ふたりのハラヤス(前編)

忘れた頃にやってくるバックナンバー読み返し企画です。今回は第2号から。


先だってあらはたさんが紹介してくれた第1号のタイトルは「題名未定」(題字は団鬼六氏)でしたが、第2号は『季刊 将棋ペン倶楽部』とタイトルも定まり、判型もA5判と今と同じ大きさになりました。会報としての体裁が整ってきた感じです。


色々な記事がありますが、今回は第1回文壇将棋会の記事からちょいとご紹介。囲碁の世界には文壇本因坊戦があるらしいですが、将棋にも以前はこういうイベントがあったのですね。「文壇名人戦」ではなく「文壇将棋会」というところが、将棋ペンクラブらしい発想だと思います(もっとも、週刊ポスト主催の「文壇名人戦」に、将棋ペンクラブが協力していたことはあります)。


参加者のお一人に原田康子さんがいらっしゃいました。原田さんは北海道で活躍された作家(お生まれは東京)で、代表作に『挽歌』があります。還暦近くになってから将棋にのめりこみ、将棋部にいる大学生に教えてもらいながら力をつけたとのこと。その原田さんの「幸福な一日」から。まずはお名前が一字違いの原田泰夫九段に四枚落ちで教えていただいています。


…原田九段との対局中、私がおかしな手を指しそうになりますと、九段はそれとなく注意をあたえてくださったのです。注意を受けたのは二度か三度、原田九段との勝負は、厳密にいえば指導対局と申せましょう。


続いては谷川浩司王位(当時)に挑戦。「四枚落ちはしばらく指していませんからねえ」と駒を並べながらつぶやく王位。


 けれども、谷川浩司はやはり谷川浩司でした。終盤、王位の陣地がくずれかけるや、私の玉頭めがけて王位の駒が殺到してまいりました。しかも、王位の駒台には金が残っているのです。負けました、と私が言おうとした刹那、かたわらより大音声あり。
「玉は左に逃げる」
 なるほど、左へ逃げますと、私の玉は詰まないカタチになるのです。私は声のとおりにいたしました。これで、勝負は幕となりました。大声のぬしは原田九段でした。王位は笑いを噛みころしたようなお顔をなさっていました。


原田九段の朗らかな声に、谷川九段の微笑が目に浮かぶようです。

author:はくた, category:バックナンバーから, 00:00
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